ダメ人間からKAWAIIカルチャーの第一人者へ 増田セバスチャンさんに高校生がインタビュー

増田セバスチャン

きゃりーぱみゅぱみゅのカラフルでポップなアートワークなどでも知られ、原宿のKAWAII文化を世界に発信するアートディレクターの増田セバスチャンさん。

5年前に自らの生い立ちを赤裸々に書かれた『家系図カッター』がこの度、待望の文庫化!

ch高校生スタッフがインタビューに行ってきました。

 
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インタビュー

増田セバスチャン

本当にダメ人間だった10代
自分が何をしたいかもわからなかった

 
…セバスチャンさんの世界を知ったのは中学生の頃、きゃりーちゃんがデビューした時でした。本当に可愛くて、ワクワクして、以来原宿ファッションに興味を持つようになりました。学生時代のことも書かれていましたが、まず、この本を高校生にはどんな気持ちで読んで欲しいと思われますか?

これを書いたのは5年前で、まだ震災も起きていないし、きゃりーも出てきていない頃だったので、今震災を契機にいろいろ変わったところはあると思うのですが、高校生の方には、こんな落ちこぼれでも何とかなるんだよ、こんな生き方もあるよというのを見てもらえれば嬉しいかな。

…セバスチャンさんはどんな高校生でしたか?

ダメ人間でしたよ(笑)。中学生の時の試験の点数が良くて間違って進学校に入ってしまって、高校の初めは100番台くらいだったのが次第にビリから2番目くらいになっちゃって。それで学校にもあまり行かなくなって、地元の友達とも合わないし、バイトもしていなかったので毎週末ほとんど原宿にいました。そこに行けば自分と同じような趣味思考の人たちが集まっていたので、自分らしくいられるかなという感じで。

…当時、クラスメートをどのように見ていましたか?

みんな大学のことを考えたり、就職を考えたり、ちゃんとしてるなぁと思っていました。自分はやりたいこともないし、この先どうなるのか全くわからなかったし、何も考えてなかった。ただ原宿に来ていれば、時間は潰せるなというぐらい。学校なんて三分の一くらいしか行ってなかったし。

…学校を休んでいる日は何をしていたんですか!?

寝てました(笑)。お昼に「笑っていいとも」観てお昼ごはん食べて、夕方くらいから友達と遊びに行って本当ダメ人間でしょ? ただ、地元にいたようなヤンキーになるのは嫌だったし、学校も嫌だし、人間も大嫌いだしって。

…高校を卒業して、専門学校に行くつもりで大阪に出られるんですよね。

大阪に行くんだけど、専門学校の願書に書類の不備があって再提出を言われて、そこから怖くなって出せなくなってしまって、入学もせず願書を机の上に置いたまま2年間引きこもり。親には学校に行っているということにしていたんだけどね。それぐらいダメダメでした。

…そんなセバスチャンさんが変わった転機は何だったのですか?

寺山修司の『書を捨てよ、町へ出よう』に出会ったのが大きなきっかけでしたね。この本を読んだ時に、このままじゃいけないんだって気付いて、そこから寺山さんのようなクリエイターになりたいと思って、すごく勉強したの。それまでは高校行ってもつまらないし、バイトをしても3日でクビになっちゃうし、何をして良いか全くわからなかったんだけど、たくさん本も読んで、この先自分が進む道がなんとなく見えてきて。その後は現代美術家のところでお手伝いをしたり演劇界で修業しました。

…当時の演劇の様子も今とまったく違っていて、すごく斬新で驚きました!

今はニコ生だったりインターネットで何でも発信できちゃうけど、当時はそういうものがなかったから、’90年代の若い人にとっては舞台やライブハウスは、自己表現の一つの場所だったんです。だから、お芝居でもお客さんに目隠しをして舞台が観られないという演出をしてみたり、毎回血糊まみれになって殺し合う演劇をしたり、いろんな劇団がありましたよ。原宿のホコ天もそういう発信の場所でした。
 

ずっと窮屈な思いをしてきた若者にとって
原宿は「自分が受け入れられる場所」

 
…セバスチャンさんの作風はどのように創られたのですか?

現代美術や演劇界での修業を経て、原宿に「6%DOKIDOKI」というお店をオープンする前、ロサンゼルスに古着の買い付けに行ったんです。その時、ドラッグストアに’80年代のアメリカ特有のカラフルなパッケージが詰まっているのを見て、「これだ!」と思いました。小さい頃、商店街の駄菓子屋さんやおもちゃ屋さんで見ていたワクワク感があったんです。お祭りのわたあめやお面が並んでいる光景も、小さい頃はドキドキしたのに、なぜか大人になってみると普通の風景に見えてしまう。大人になるにつれて見えなくなってしまっている色ってあるんじゃないかなと思って、大人の感性にも色を取り戻してあげればみんなハッピーになるんじゃないかなと考えました。

…この色合いを見ているだけで幸せになります。

原宿の街も、世界からいろんな文化や人が集まってきて、それをみんながミックスして自分のオリジナルにしていくでしょ。だから、僕の作品も、世の中にすでに存在している色を集めて新しいものを作るというのが基本になっています。僕は絵の具を使うアーティストではありません。テーマは「色彩と衝撃」。色を使って時代を変えていこうというのは昔も今もこれからも変わりません。世界中がこんなカラフルな服を着れば戦争をする気もなくなるだろうしね。
 

ch STAFF りの 高3/増田セバスチャンさん

ch STAFF りの 高3/増田セバスチャンさん

 
…ずっと昔から作風は変わらないんですか?

そうですね。当時の流行はモノクロやデジタル、鉄などを使ったモードっぽいものが多かったので、世の中の大人からは僕の作品は「こんな幼稚なものがアートと言われるようになったら日本のアート界は終わりだ」とけちょんけちょんに言われました。僕も自信がなかったから、かなり傷つきましたよ。でも今、だんだん僕の作品を僕より下の世代の子たちが支持してくれるようになって、かつてのオジサンたちをひっくり返すことができたんです。

…今やセバスチャンさんのファンは世界中にいらっしゃいますもんね!

海外でも熱狂的に支持してくれるファンがいて、僕が10代の頃に傷ついたことや思っていたことを、大人になってやっと表現ができるようになって、今、経験や言葉を持たず、何も言えずにいた10代の子たちの気持ちを代弁できている感じはあります。海外の女の子たちって、とても窮屈な思いをしているんです。服装もみんな大量生産されたユニクロのようなTシャツスタイルでしょ。そんな中でちゃんと大人になることを求められ、はみ出ることができずにいた子たちにとっては、これがやっと自分たちの文化だと思えるものだったんじゃないかな。原宿は「自分が受け入れられる場所」。誰がどんな服を着てどんな表現をしていても良い場所だから。

…その思想もちゃんと海外に伝わっているんですね!

あと、これは別の話になりますが、色彩を研究している人に聞いたら、僕の色彩を分析すると日本の400年前の江戸時代の色彩に通じているみたいで、海外の人は日本のオリエンタリズムを感じているそうです。そこは僕は計算はしていないんですけれども。

 

クレバーだけどどこかバカじゃないと
世の中って変えられない

 
…今の若い子とセバスチャンさんが若い頃と、何か違いは感じられますか?

いつの時代も若い世代はパワーがあるんだけど、一つ言うとすれば、今はみんな“おりこうさん過ぎる”かな。今、「将来なりたいものは?」って聞いても「薬剤師」とか言うじゃない。もちろん素敵な職業だとは思うけど、あえて想像できる人生設計をして、そこに自分をはめることで安心しようとしているというか。僕らの頃って、本気で1999年で世界は終わるってノストラダムスの予言を信じていたから、それ以降のことなんて考えもしなかったもん(笑)。コレ、本当だよ! でも、バカが時代を変えるからね。クレバーなんだけど、どこかバカじゃないと世の中って変えられなくて。設計した通りになんて人生上手くいかないから、今17、18歳にしかできないことをやった方が良い。どんなに不格好で不器用でも、後から振り返れば恥ずかしいかもしれないけど、それが経験の一歩には絶対になるから。

…では、今の時代を上手く生き抜くためにはどうすれば良いと思われますか?

ほら、まず“上手く生きる”なんて思うことをやめること(笑)。上手くなんて生きられないよ。上手く生きようなんてするから、失敗した時にヘコんじゃう。

…はい(笑)

でも何か行動を起こさないと、誰も何も見てくれないというのはあるよね。恐れないで一歩踏み出さないと何も始まらない。あと、20代までは何にもならない。たとえそこで成功しても、その先は長いでしょ。また落ちる時が必ず来るから。そして20代で頑張った人が、30代で何か一つ仕事を任せてもらえる。そこまでいくと、次40代でもっと自由にいろんなことができるようになると思っていたら良いと思います。

…最後に、感覚や考え方、いろんな面で人と違っていて人目を気にしたり、悩んでいる高校生にアドバイスをいただけますか?

みんなが今「サザエさん」みたいな平和な家庭を目指さなきゃいけないと思い過ぎなんですよね。でも実際はああいう家庭の方が少ない。人それぞれの道があって、それが個性だし、その個性が集まって社会ができているんだと思えば、相手のことも尊重できるし、受け入れることができるんじゃないかな。みんなが“こうでなきゃいけない”と思わずにね。

 

増田セバスチャン

増田セバスチャン Sebastian Masuda

’70年生まれ。千葉県松戸市出身。現代美術・演劇の世界で活動した後、’95年、原宿にショップ「6%DOKIDOKI」をオープン。’11年、きゃりーぱみゅぱみゅ『PONPONPON』MV美術で注目を集め、広告や商品のアートワーク、「KAWAII MONSTER CAFE」プロデュースなどを手がける。’14年、NYでの個展開催を機にアーティスト活動を開始。現在2020年に向けたアートプロジェクト「TIME AFTER TIME CAPSULE」を展開中。

増田セバスチャン 公式サイト

家系図カッター /KADOKAWA

料理もせず子育てに無関心な母。秘密裏に離婚届を出し愛人と出来ちゃった再婚した父。常に情緒不安定な妹。想像を超える家庭環境に育ちながらも自らの表現を追求し、KAWAII文化を築き上げるまでの青春期が綴られた、自伝的エッセイ。

 

取材を終えて…

ch STAFFF
関東
りの 高3
上から自分の意見を押し付ける大人が多い中で、こちらの話をきちんと聞いた上でこんな考えもあるよって提示してくださる大人の方に出会えたのは初めてでした! こんな大人に1人出会えるだけで、心が救われて、変わることができる高校生ってきっとたくさんいると思います!!! 本当に素敵で生き方も考え方もカッコ良いです!

 
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